田舎育ち

2004年6月17日 学校・勉強
なので、農家の苦労も分かっている。
だから、さくらんぼ泥棒とかのニュースを見ると、
「農家の苦労を知らないで生きてきたんだな」
って思ってならない。

例えば、昔はご飯粒を残すことはダメ、という教育をした。

お米の一粒に、神様がいる。
・・・・・・だとか、
お米の一粒は、農家の人の汗の一粒。
・・・・・・だとか。

そういうことを言われて育ってきたし、苦労も知っているので、絶対的にお米を残すことは今でも出来ない。
床にこぼしたとかでもない限りは、絶対残さない。

これは、他の農産物でもほぼ同じ。
まず残さない。

今は、スーパーに行っては野菜がカットして売られていて、そのカット済みの野菜をそのまま食卓に出す。
子供は、カットされた野菜しか見ない。
更に言うと、お手伝いもしない子供多いし、料理の手伝いもしないから、野菜の何たるかも分からない。
ファストフードやコンビニでは、自分の好きな食品が(食べられる状態で)すぐに出てくる。

つまりは、全然野菜・お米といったものに対して、全然「食べさせていただいている」という感謝の心がない。
「頂きます」「ごちそうさま」
という言葉があるなしでなく、それ以前の問題だね。
お肉だって、何かの命をもらって、人間は生きていること。それを屠殺する人もいるし、それを育てる人もいる。いずれにしても、感謝の心で食べることが、ちょっとあってもいいのではないか。
まして、子供の頃だったら、特に必要だよ。
「頂きます」
の何の心もない言葉をかけてもらっても、食品が嬉しくないんだけど、ただ言葉を言わせているって状況は、本当にこれからが心配だね。

とにかく。
食品に感謝をすることは、農家の人たちに対しての感謝でもある。
そういう教育をしていかないと、こういう事件がなくなることはないね。

それと、なるべく田舎で育てる。
爺さん・婆さんがいる所で育てる。

今のままで将来なんか、私には明るい未来が見えないね。悲しいけど。

一方。
「ばんがいち」の今月号で、私の投稿を載せなかったか・・・。
色々と意見も書いたし、載せたくないのかもね。
それだとしても、前月号で私に対する批判を載せておいて、それに対する反論を載せてくれないのはひどいね。
もう投稿はやめますわ・・・やはり。
合作予定が2回ほどあるので、それは除いて、もう出さない方向で。
何だかさめちゃったもん。あれだけ長く投稿をしてきたわけだけど、あの批判投稿で。
(詳しくは5月17日・18日の日記をご覧ください。)
はぁ・・・。

※・・・ファーストフードという表記は間違い。新聞でもテレビでもファストフードと表記していますので、ここでもそれを踏襲しています。間違いではありませんので、念のため。

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